「この施設で、最期まで診てもらえるのでしょうか」
支援相談員をしていると、この質問をご家族から受けることがあります。声を落として、少し言いにくそうに聞かれることが多い質問です。

先に結論をお伝えします。老健(介護老人保健施設)は在宅復帰を目的とした施設で、特養のように「終の棲家」を前提にはしていません。それが原則です。
けれど現場では、老健で最期を迎える方がいらっしゃるのも事実です。制度としても、看取りに関わる仕組みが用意されています。
この建前と現実のあいだで、ご家族は戸惑います。この記事では、老健の看取りについて、現役の支援相談員として知っていることを正直に書きます。医療的な断定はできませんし、対応は施設によって本当に大きく違います。そのうえで「今のうちに話しておけること」をお伝えできればと思います。
リハビリのはずが——ときえさんの戸惑い
ときえさん(仮名・58歳)のお父さんは、肺炎で入院したあと、体力を戻すためのリハビリ目的で老健に入所しました。「3か月くらいで家に帰れるといいですね」と、入所のときにそう話していました。
ところが入所から2か月ほどで、食事量が少しずつ減っていきました。リハビリの時間も、座っているだけで疲れてしまう。ある日、施設から「今後の方針についてお話ししたい」と連絡が入りました。
面談の場で出てきたのは、リハビリの話ではありませんでした。「このまま状態が下がっていった場合、どこで過ごしていただくかを考えておきたい」という話です。ときえさんは言葉が出ませんでした。「家に帰るために来たはずなのに、なぜ最期の話になるのか」——そう感じたそうです。
この戸惑いは、私が現場でよく見るものです。ときえさんが準備不足だったわけでも、施設が冷たかったわけでもありません。ただ、老健という施設の成り立ちと、目の前で起きている変化とが、うまくつながらなかっただけなのだと思います。
原則:老健は「帰るための施設」
まず前提を整理させてください。老健は、病院と自宅のあいだにある中間施設です。医師・看護師・リハビリ専門職が配置され、在宅復帰を目指してリハビリと医療管理を行う場所として制度上位置づけられています。
ですから運営の考え方としては、入所は原則3か月ごとの見直しで、「そろそろ次をどうしますか」という話し合いが定期的に行われます。特別養護老人ホーム(特養)が生活の場=終の棲家を前提にしているのとは、出発点が違うのです。
この違いを知らずに入所すると、退所や今後の話が出たときに「追い出されるのでは」と感じてしまうことがあります。実際には、施設は次の暮らしを一緒に考えたくて声をかけていることがほとんどです。



【面談での一言】「今後の話をされたのは、退所してほしいという意味でしょうか。それとも状態の変化を心配してのことでしょうか」——確認していい質問です。
現実:老健でも看取りは行われている
一方で、制度にはターミナルケア加算という仕組みがあります。ターミナルケアとは、回復を目指す治療ではなく、苦痛をやわらげ穏やかに過ごすことを目的としたケアのことです。この加算があるということは、老健で最期を迎えることが制度上も想定されている、ということになります。
実際、入所中に状態が変化し、そのまま施設で最期を迎えられる方はいらっしゃいます。ご本人が「もう病院には行きたくない」と話されていた場合や、移動そのものが体に負担になる場合もあります。



ただし、ここがいちばん大事なところです。看取りに対応できるかどうかは、施設によって大きく違います。同じ「老健」という名前でも、方針も体制もそれぞれです。
・積極的に看取りに取り組む方針の老健もある
・状態が変わった時点で病院への移行を基本とする老健もある
・「その方の状況次第で個別に検討する」という老健も多い
どれが正しいという話ではありません。医師の勤務体制、看護職員の夜間配置、協力医療機関との関係——条件が違えば、できることも変わります。だからこそ、パンフレットではなく施設に直接聞くしかない部分なのです。
知っておきたい、老健の医療体制の実際
医師はいるが、常に施設内にいるとは限らない



老健には医師の配置が定められています。ここは有料老人ホームなどとの大きな違いです。
ただし医師が24時間施設内にいるとは限りません。日中は勤務し、夜間や休日はオンコール(電話で連絡がつく体制)という施設が多くあります。「医師がいる=病院と同じ医療が受けられる」ではない、という点は知っておくと安心です。
夜間の体制も施設ごとに違う
夜間に看護職員が施設内にいるのか、それとも待機(オンコール)なのか。ここも施設によって差があります。夜間の急変時にどこまで施設内で対応できるかは、この体制に左右されます。
急変時、病院へ移るかどうかの判断
急に状態が変わったとき、施設の看護師が医師に連絡し、医師の指示のもとで救急要請や受診の判断が行われるのが一般的な流れです。
ここで実際に効いてくるのが、事前にご家族の意向が共有されているかどうかです。夜中に電話が鳴ってから「どうしましょう」と考え始めるのは、ご家族にとってもスタッフにとってもつらい時間になります。



【入所時に伝えておける一言】「急に状態が変わったとき、私たちはこう考えています、というのを先にお伝えしておきたいのですが」
元気なうちに話しておきたい3つのこと
ここからが、この記事でいちばんお伝えしたい部分です。
こうした話し合いのことを、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)=人生会議と呼びます。むずかしい言葉ですが、中身は「もしものときにどう過ごしたいかを、本人・家族・専門職で前もって話しておくこと」です。一度決めたら変えられないものではなく、気持ちが変わったら何度でも話し直していいものとされています。
話しておく内容としては、次の3つが軸になります。


① 急変したとき、救急車を呼ぶのか呼ばないのか
搬送すれば救命につながる可能性がある一方で、移動や処置がご本人の負担になることもあります。「どちらが正解」ではなく「本人ならどう望むか」を手がかりに考えていく問いです。
② 食べられなくなったとき、点滴や経管栄養をどうするか
経管栄養とは、鼻や腹部からチューブで栄養を入れる方法のことです。行う・行わない・状況を見て判断する。どの選択にも理由があり、ご家庭によって答えは違います。
③ 最終的に誰が判断するのか
意外と抜け落ちやすいのがここです。ご本人の意思が確認しにくくなったとき、誰が代表して答えるのか。兄弟間で決まっていないと、その場で意見が割れて話が止まってしまうことがあります。
・「本人が元気なら何と言うだろう」を軸に考える
・結論を出しきらなくてもよい。方向性を共有するだけでも意味がある
・気持ちが変わったら伝え直してよい、と家族みんなで確認しておく
入所前・入所中に施設へ確認しておきたいこと
聞きにくいと感じる質問かもしれません。でも支援相談員の立場から言うと、早めに聞いていただけたほうがありがたい質問ばかりです。
・「こちらの施設では、看取りに対応されていますか」
・「どのような状態になったら、病院へ移る判断になりますか」
・「夜間は看護職員が施設内にいますか、それとも待機体制ですか」
・「協力医療機関はどちらですか。夜間の受診はどう流れますか」
・「家族の意向は、どのタイミングで確認してもらえますか」



入所してからでも遅くはありません。担当の支援相談員に「一度、今後のことを話す時間をいただけますか」と伝えれば、面談の場を用意してもらえるはずです。
「決められない」まま、で構いません
ここまで「話しておきましょう」と書いてきましたが、実際にはそう簡単ではないことも、よく知っています。
「親の最期の話なんて、縁起でもない」「考えると涙が出てくる」「兄と話すと、いつも言い合いになってしまう」——現場で何度も聞いてきた言葉です。決めきれないまま時間が過ぎることは、けっして珍しくありません。
決められないのは、ご家族が弱いからでも、向き合っていないからでもありません。大切な人のことだから決められない。それは、とても自然なことだと思っています。
それに、結論まで出さなくても、話し合った事実そのものに意味があります。「父さんは前にこう言っていたよね」という記憶がひとつあるだけで、いざというときの支えになります。



「決まりました」と言われるより、「まだ迷っています」と言ってもらえるほうが、私たちは動きやすいです。迷いも情報のひとつなので。
まとめ
・老健は在宅復帰を目的とした施設で、特養のような終の棲家を前提にしていない
・一方でターミナルケア加算があり、実際に老健で看取りが行われることもある
・看取りに対応できるかは施設によって大きく違う。直接聞いて確認する
・医師は配置されているが常時在館とは限らず、夜間体制も施設ごとに差がある
・救急要請・点滴や経管栄養・最終的な決定者——この3つを元気なうちに話しておく
・決めきれなくてもよい。話し合った事実そのものが、いざというときの支えになる



珈琲一杯分の時間、お付き合いいただきありがとうございました。
メガネ
関連記事として、以下もよかったらどうぞ。




よくある質問


Q. 老健で看取りはできますか?
制度上はターミナルケア加算という仕組みがあり、老健で最期を迎えることは想定されています。ただし対応できるかどうかは施設の方針や医療体制によって大きく異なります。入所前に「看取りに対応されていますか」と直接確認するのが確実です。
Q. 老健と特養では、看取りの考え方はどう違いますか?
特養は生活の場として長く暮らすことを前提にしており、看取りに取り組む施設が多くあります。老健は在宅復帰を目的とした中間施設で、原則3か月ごとに今後の方針を見直します。出発点が違うため、看取りへの向き合い方にも差が出やすくなります。
Q. 家族の中で意見がまとまりません。どうすればいいですか?
まとまらないまま相談していただいて構いません。担当の支援相談員やケアマネジャーに同席してもらい、専門職を交えて話す方法もあります。第三者が入ることで、話が前に進みやすくなる場面を現場でよく見ます。
出典・参考
- 厚生労働省「介護老人保健施設の基本報酬及び加算について」(令和6年度介護報酬改定)
- 厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」
- 厚生労働省「『人生会議』してみませんか」(ACP普及・啓発)
※制度・加算の要件は令和6年度介護報酬改定時点の情報です。看取りへの対応は施設ごとに異なります。実際の判断は主治医・施設・担当ケアマネジャーにご確認ください。
最終更新日:2026年9月









コメント