「お父さん、老健はどうですか」
退院の話が出てきたころ、病院の相談室でこう言われて、頭が真っ白になったというご家族に、私は何度もお会いしてきました。
老健という言葉を初めて聞いた。パンフレットを渡された。返事は今週中にと言われた。——そんな状況で「はい」とも「いいえ」とも言えなくて当然です。
この記事でお伝えしたいのは、その場で確認したい3つのことです。この3つを聞くだけで、判断の材料はぐっと集まります。

私は老健で支援相談員をしています。病院から紹介を受ける側の立場から、家族に知っておいてほしいことを書きました。
よく分からないまま同意した——ゆかりさんの1週間
ゆかりさん(仮名・50歳)のお父さんは、脳梗塞で3週間入院していました。少し左手が動きにくいものの、会話はできて、歩行も見守りがあれば可能な状態です。
退院の1週間前、病院の相談員から「自宅はまだ難しいので、老健でリハビリを続けませんか」と提案がありました。空きがある施設が1つ見つかったと言われ、ゆかりさんは「お願いします」と答えました。
入所して1か月ほど経ったころ、施設の相談員から「そろそろ退所後の話をしましょう」と声をかけられます。ゆかりさんは驚きました。「え、ここにずっといられるんじゃないんですか?」
ここでよくあるのが、老健を「入れたら安心な場所」だと思い込んでしまうすれ違いです。老健は、家に帰るための準備をする場所です。この前提が共有されていないと、入所の途中で戸惑いが生まれます。
ゆかりさんが悪いわけでも、病院が悪いわけでもありません。聞く時間がなかっただけ、というのが正直なところだと思います。
なぜ病院は老健を勧めるのか
まず押さえておきたいのは、病院が老健を勧めるのには、きちんとした理由があるということです。
脳梗塞や骨折の治療が一段落すると、医療としての「治す」段階は終わります。でも、そこから先に必要なものが残ります。歩く練習、着替えの練習、食事の姿勢。生活に戻るための時間です。
一方で、病院には入院期間の区切りがあります。病棟の種類ごとに、入院できる日数の目安が制度上決まっているのです。



リハビリを担う回復期の病棟でも、疾患によって60日から180日といった上限が設けられています。
つまり病院は「もう出ていってください」と言っているのではなく、「治療の段階は終わったので、生活に戻る準備をする場所へ移りませんか」と提案しています。老健は、その受け皿として制度上つくられた施設です。
病院の相談員も、限られた時間の中で行き先を探しています。悪意があって急がせているわけではない、という前提だけは知っておいていただけると、話がしやすくなります。
前提:老健は「終の棲家」ではありません
確認したい3つのことに入る前に、ひとつだけ共有させてください。
老人保健施設(老健)は、病院と自宅の間にある中間施設です。医師・看護師・理学療法士や作業療法士といったリハビリの専門職が配置されていて、リハビリを受けながら生活の練習をする場所です。
制度上の目的は在宅復帰、つまり自宅に帰ることです。ここが特別養護老人ホーム(特養)との一番の違いで、特養は生活の場、老健は通過点にあたります。
だから、入所すればいつか退所の話が出ます。それは施設が冷たいからではなく、そういう役割の場所だからです。この前提を持っておくだけで、後の戸惑いはかなり減ります。



【病院で使える一言】「老健は、家に帰るための準備をする場所という理解で合っていますか?」
その場で確認したい3つのこと
ここからが本題です。病院で老健を勧められたとき、確認したいのはこの3つです。


① なぜ自宅ではなく老健なのか——目的の確認
一番大事なのはここです。「老健を勧める理由」を、具体的に聞いてみてください。
歩行がまだ不安定だから。トイレの動作に介助が要るから。飲み込みの状態を見たいから。理由が具体的に出てくれば、その課題が解決すれば家に帰れる、という見通しも一緒に見えてきます。
逆に理由がはっきりしないまま話が進むと、家族の中に「本当にこれでよかったのか」というもやもやが残ります。
・聞くこと:「今、家に帰るとしたら何が一番のハードルですか?」
・得られるもの:入所中に取り組む目標が具体的になる



【相談室での一言】「自宅ではなく老健を勧める理由を、具体的に教えていただけますか?」
② その老健は何型か・どのくらいで退所の話が出るか
老健には5つの類型(超強化型・在宅強化型・加算型・基本型・その他型)があり、在宅復帰にどれだけ力を入れているかが施設ごとに違います。
在宅復帰に強い類型の施設ほど、退所に向けた話し合いが早く始まります。



私の現場感覚では、入所から1か月前後で退所後の相談が動き出すことも珍しくありません。
「どのくらい入所できますか」と聞くのは、遠慮する必要のない質問です。むしろ聞いてもらった方が、施設側も方針を伝えやすくなります。
・聞くこと:「その施設は何型ですか?」「平均の入所期間はどのくらいですか?」
・得られるもの:退所までのスピード感がつかめる
③ 退所後の行き先は、誰と一緒に考えるのか
見落とされやすいのがこの3つ目です。老健を出た後のことを、誰が一緒に考えてくれるのかを確認しておきます。
多くの場合、入所中は施設の支援相談員と、そして在宅に戻るならケアマネジャー(介護支援専門員)が窓口になります。担当がつくタイミングと、いつごろから次の相談を始めるのかを、入所前に聞いておけると安心です。
「家族だけで決めるものではない」と分かっているだけで、抱え込む重さがずいぶん変わります。
・聞くこと:「退所後の行き先は、どなたと相談しながら決めていくことになりますか?」
・得られるもの:一人で背負わなくていいと分かる



【入所前の一言】「退所の話が出てくるのは、だいたいどのくらいのタイミングになりますか?」
断ってもいい、という選択肢
提案されたその施設が合わないと感じたら、断ることもできます。他の老健を探してもらう、別の行き先を検討する、という道も残っています。
| 行き先 | 向いている場面 | 押さえておきたい点 |
|---|---|---|
| 老健 | リハビリを続けて自宅に帰りたい | 在宅復帰が前提。長期の滞在先ではない |
| 自宅+訪問サービス | 家で過ごしたい希望が強い | 住宅改修・介護体制の準備に時間が要る |
| 医療療養病床 | 医療的な処置が続いている | 医療の必要度で入れるかが決まる |
| 特養(申込み) | 長く暮らせる場所を探したい | 待機期間が長い。並行して申し込める |
自宅に戻って訪問看護や訪問リハビリを使う。医療的な処置が続いているなら医療療養病床という選択肢もあります。長く暮らせる場所を考えるなら、老健に入りながら特養に申し込んでおく、という並行の進め方もよく取られます。
ただ、返事を先延ばしにしすぎると、空いていた枠が埋まってしまうこともあります。迷っている間も、状況は動きます。
迷うのは自然なことです。だからこそ「今日中に決められません。あと2日いただけますか」と伝えて、時間を確保する言い方を持っておくと落ち着いて考えられます。



【時間がほしいときの一言】「兄と相談したいので、返事は明後日まで待っていただけますか?」
相談員の本音
受け入れる側にいると、「よく分からないまま来てしまった」というご家族に出会うことがあります。そのたびに思うのは、家族の理解不足ではなく、聞ける時間がなかっただけだということです。
退院の話が出てから実際の退院まで、時間はあまりありません。その短い期間に、初めて聞く言葉と初めての判断が一気に押し寄せてきます。
だから、全部を理解してから決めなくていいと思っています。この3つだけ聞いておけば、後から「そんな話は聞いていない」となることは、かなり減らせます。



分からないことを分からないと言える家族ほど、あとで困らない。現場で18年見てきた実感です。
まとめ
・病院が老健を勧めるのは、治療が終わり生活に戻る準備の段階に入ったから
・病院には入院期間の区切りがあり、急かしているわけではない
・老健は終の棲家ではなく、在宅復帰を目指す中間施設
・確認①:なぜ自宅ではなく老健なのか——目的をはっきりさせる
・確認②:その老健は何型か・どのくらいで退所の話が出るか
・確認③:退所後の行き先は誰と一緒に考えるのか
・断る・他を探す・特養と並行して申し込む、という選択肢もある



珈琲一杯分の時間、お付き合いいただきありがとうございました。
メガネ
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よくある質問


Q. 病院から勧められた老健は断れますか?
断ることはできます。他の老健を探してもらう、自宅に戻って訪問サービスを使う、医療療養病床を検討するなど、他の選択肢もあります。ただし空き状況は日々変わるため、迷っている旨と検討したい期間を早めに伝えておくと調整しやすくなります。
Q. 老健にはどのくらいの期間いられますか?
施設の類型や本人の状態によって幅がありますが、在宅復帰に力を入れている施設ほど早い段階で退所の相談が始まります。入所前に「平均の入所期間はどのくらいですか」と確認しておくと、見通しが立てやすくなります。
Q. 老健に入りながら特養に申し込めますか?
申し込めます。特養は待機期間が長くなることが多いため、老健に入所しながら並行して申し込むご家族は現場でよく見ます。申込みの手順は施設の支援相談員やケアマネジャーに相談してみてください。
出典・参考
- 厚生労働省「介護老人保健施設の概要」
- 厚生労働省「令和6年度介護報酬改定について」(在宅復帰・在宅療養支援等指標)
- 厚生労働省「回復期リハビリテーション病棟入院料の算定要件」(診療報酬)
※制度・数値は令和6年度介護報酬改定時点の情報です。最新情報は担当ケアマネジャーまたは市区町村にご確認ください。
最終更新日:2026年9月









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