「老健では、これ以上は診られません」——ある日そう言われて、頭が真っ白になったというご家族に、私は何度も出会ってきました。
老健(介護老人保健施設)に入所していた親御さんの状態が変わり、痰の吸引が頻繁になったり、鼻や胃から栄養を入れる管の管理が必要になったり。そうなると、老健だけでは支えきれない場面が出てきます。

そんなときの「次の医療的な受け皿」として知っておきたいのが、介護医療院と医療療養病床です。
あまり語られない分野なので、名前すら聞いたことがない方も多いと思います。
この記事では、なぜ老健では続けられなくなることがあるのか、介護医療院とは何か、医療療養病床との違い、費用の方向感、そして家族が老健の相談員や医師に確認しておきたいことを、順にお話しします。読み終わる頃には、次の一歩の輪郭が少し見えてくるはずです。
「もう吸引が追いつかなくて」——さゆりさんの戸惑い
さゆりさん(仮名・56歳)のお父さんは、脳梗塞後のリハビリ目的で老健に入所していました。最初は順調に見えたのですが、数か月のあいだに肺炎を繰り返し、飲み込む力が落ちていきました。
やがて痰の吸引が1日に何度も必要になり、口から食べることが難しくなって、鼻から胃へ栄養を送る管(経鼻経管栄養)が入りました。ある日、老健の支援相談員から「介護医療院への移行を考えてみませんか」と提案されます。
さゆりさんは戸惑いました。「リハビリして家に帰る場所だと思っていたのに、どうして出なきゃいけないの?」「介護医療院って、いったい何をする所……?」。悪い知らせをされたような気持ちにさえなったそうです。
でも、これは老健が冷たいわけでも、お父さんが厄介者扱いされたわけでもありません。老健の役割と、いま必要になっているケアの種類が、少しずつ食い違ってきた——ただそれだけのことでした。
なぜ老健では続けられなくなることがあるのか
老健は、病院と自宅の「中間」に位置する施設です。医師が常勤し、リハビリの専門職も配置されていて、医療的な安心感があります。だからこそ「ここでずっと診てもらえる」と感じるご家族は少なくありません。
ただ、老健の本来の役割は在宅復帰とリハビリです。「リハビリで力を取り戻し、できるだけ自宅に戻る」ことを目指す場所として制度が組まれています。そのため、常時の濃い医療管理を長く続けることは、老健の仕組みとは少し相性が異なります。
痰の吸引が頻回になる、経管栄養が始まる、酸素が必要になる、点滴の管理が続く——こうした医療依存度が上がった状態が続くと、老健の体制では支えきれない場面が出てきます。これは老健の質が低いという話ではなく、目的と役割の違いです。
誤解してほしくないのは、老健が「見放した」わけではないという点です。むしろ、いまのお父さん・お母さんに合った医療の場を一緒に探そうとしている、と受け止めてもらえたらと思います。



【相談員に聞く一言】「今の状態だと、老健で続けるのが難しいのはどの部分ですか?」と具体的に聞くと、次に必要な場所が見えてきます。
介護医療院とは——長期の医療と介護を一体で提供する場所



介護医療院は、長期にわたる医療と介護を、生活の場として一体で提供する施設です。
2018年(平成30年)に創設され、それまでの介護療養病床(介護療養型医療施設)の受け皿として整備が進められてきました。
イメージとしては「医療的なケアを日常的に受けながら、生活する場所」です。痰の吸引や経管栄養、酸素の管理などが必要な方でも、暮らしの延長として過ごせるよう配慮されています。医師や看護職員が配置され、看取りにも対応する施設が多いのが特徴です。
介護医療院には、ざっくり分けて2つのタイプがあります。医療の必要度が比較的高い方を主に想定した「I型」と、それに次ぐ「II型」です。細かい要件までは踏み込みませんが、施設によってどちらの機能を持っているかが異なる、という点だけ押さえておくと役立ちます。
・I型:医療の必要度が比較的高い方を想定したタイプ
・II型:I型に次ぐ位置づけ。生活を支える機能がやや前面に出る
・どちらを備えているかは施設ごとに違うので、相談員や施設に確認を
大切なのは、介護医療院が「介護保険で利用する施設」だということです。次に説明する医療療養病床とは、費用の仕組みそのものが異なります。
介護医療院と医療療養病床の違いを整理する


似た言葉に「医療療養病床」があります。こちらは介護保険ではなく、医療保険で入院する「病院」です。医療の必要度がより高い方が対象になりやすく、医療の手厚さという点では最も高い傾向があります。
文章だけだと混乱しやすいので、老健も含めて表で並べてみます。
| 項目 | 老健(介護老人保健施設) | 介護医療院 | 医療療養病床 |
|---|---|---|---|
| 主な目的 | 在宅復帰・リハビリ | 長期の医療+介護+生活 | 医療の必要度が高い方の入院 |
| 医療体制 | 医師常勤。ただし在宅復帰が前提 | 医師・看護配置あり。日常的な医療管理に対応しやすい | 病院。医療の手厚さは最も高い傾向 |
| リハビリ | 中心的な役割 | 維持・生活を支える範囲が中心 | 状態に応じて実施 |
| 費用の仕組み | 介護保険 | 介護保険 | 医療保険 |
| こんな人に | リハビリして自宅に戻りたい方 | 医療的ケアを続けながら長く生活したい方 | 医療の管理がより手厚く必要な方 |
ざっくり言えば、老健は「帰るための場所」、介護医療院は「医療的ケアを続けながら暮らす場所」、医療療養病床は「より手厚い医療を受けるための入院先」というイメージです。
どこがふさわしいかは、最終的に判断するのは医師です。家族が単独で決められるものではなく、いまの状態を診ている主治医や施設の医師の見立てが土台になります。



【家族の一言】「うちの父の状態だと、介護医療院と医療療養病床のどちらが向いていますか?」と、医師に率直に聞いてみてください。
費用の方向感——正確な額は施設に確認を
気になるのは費用だと思います。ただ、金額は施設・部屋のタイプ・要介護度・所得によって幅が大きく、正確な数字は断定できません。ここでは「方向感」としてお伝えします。
介護医療院は介護保険の施設なので、多床室(相部屋)か個室かで負担が変わります。



目安として月おおむね10万〜20万円台に収まるケースをよく見ますが、これはあくまで幅のある概算で、実際は施設ごとに異なります。個室ほど居住費が上がる傾向があります。
ここで知っておきたいのが、所得の低い方向けの負担限度額認定です。市区町村に申請すると、食費・居住費の自己負担に上限が設けられ、月々の支払いが軽くなる場合があります。介護医療院はこの制度の対象になり得ます。
一方、医療療養病床は医療保険での入院なので、費用の考え方が介護保険とは異なります。高額療養費制度など、別の仕組みが関わってきます。同じ土俵で単純比較できない点に注意してください。
・介護医療院=介護保険。多床室か個室かで負担が変わる
・所得が低い場合は「負担限度額認定」で食費・居住費が軽くなることがある
・医療療養病床=医療保険。費用の仕組みそのものが別
今日からできること:老健の相談員・医師に確認する4つ
「介護医療院を考えては」と言われたとき、あるいは親の医療的ケアが増えてきたと感じたとき、老健の相談員や医師に確認しておきたいことがあります。
この4つを聞いておくと、次の受け皿を落ち着いて検討しやすくなります。
・「今、必要になっている医療的ケアの内容は具体的に何ですか?」——吸引・経管栄養・酸素などを整理する
・「その内容は、介護医療院で対応できますか?」——施設のタイプによって差がある
・「申込みの窓口はどこですか?」——相談員が橋渡ししてくれることが多い
・「待機はありますか?空き状況はどうですか?」——すぐ入れるとは限らない
特に待機で数週間から数か月かかることもあるため、状態が変わってきたと感じた段階で、早めに相談員へ声をかけておくと安心です。空きを待つあいだの過ごし方も、一緒に相談できます。



【早めの一言】「もし今後もっと医療的なケアが必要になったら、どんな選択肢がありますか?」と、状態が落ち着いているうちに聞いておくと慌てずにすみます。
看取りも視野に入る場所として
介護医療院は、看取りに対応する施設が多い場所でもあります。医療的ケアを続けながら、最期の時間を穏やかに過ごすことを支える機能を持っています。
ただし、看取りへの姿勢や体制は施設によって差があります。「どこまで対応してもらえるのか」「急変時はどうなるのか」は、施設ごとに確認したい部分です。ここを曖昧にしたまま入所を決めると、あとで戸惑いが生まれることがあります。
看取りという言葉に、まだ心が追いつかないご家族も多いと思います。それは自然なことです。



急いで結論を出す必要はありません。ただ「そういう機能もある場所だ」と頭の片隅に置いておくと、いざというときの選択肢が広がります。
相談員の本音
私が現場で一番つらいと感じるのは、「老健を追い出された」とご家族が感じてしまう瞬間です。実際は、その方に合った医療の場を探すための提案なのですが、伝わり方ひとつで受け止めが大きく変わってしまいます。
医療的ケアが増えるのは、決してご家族のせいでも、本人のせいでもありません。体の状態が変わっただけです。そして、その変化に合わせて場所を選び直すことは、後ろ向きな話ではなく、その人らしい時間を守るための前向きな選択だと、私は思っています。
介護医療院や医療療養病床は、まだ知られていない選択肢です。だからこそ「知らなかったせいで慌てる」ことのないよう、この記事が小さな地図になればと願っています。



「次の場所を探すこと」は、見放すことではありません。その人に合った時間を守るための、前向きな一歩だと思っています。
まとめ
・老健は在宅復帰とリハビリが中心。常時の濃い医療管理には限界がある
・医療依存度が上がると、老健では支えきれない場面が出てくる
・介護医療院=長期の医療と介護を一体で提供する介護保険の施設(2018年創設)
・医療療養病床=医療保険で入院する病院。費用の仕組みが別
・費用は幅が大きい。負担限度額認定で軽くなる場合がある
・確認は相談員・医師へ。医療的ケアの内容・対応可否・窓口・待機を聞く



珈琲一杯分の時間、お付き合いいただきありがとうございました。
メガネ
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よくある質問


Q. 介護医療院とは何ですか?
長期にわたる医療と介護を、生活の場として一体で提供する介護保険の施設です。2018年に創設され、介護療養病床の受け皿として整備されてきました。痰の吸引や経管栄養などの医療的ケアが必要な方でも、暮らしの延長として過ごせるよう配慮されています。
Q. 介護医療院と医療療養病床はどう違いますか?
介護医療院は介護保険で利用する施設、医療療養病床は医療保険で入院する病院です。医療の手厚さは医療療養病床のほうが高い傾向があります。どちらがふさわしいかは、状態を診ている医師の見立てが土台になります。
Q. 老健から介護医療院へは、すぐ移れますか?
空き状況によっては待機が生じることがあります。数週間から数か月かかる場合もあるため、状態が変わってきたと感じた段階で、早めに老健の相談員へ声をかけておくと安心です。
家に帰るか、施設か——迷っているなら


出典・参考
- 厚生労働省「介護医療院の概要」
- 厚生労働省「介護医療院open dataレポート」および令和6年度介護報酬改定関連資料
- 厚生労働省「特定入所者介護サービス費(負担限度額認定)について」
※制度の要件・費用は令和6年度介護報酬改定時点の情報で、施設や自治体により異なります。最新情報は担当ケアマネ・施設の相談員・市区町村にご確認ください。
最終更新日:2026年10月


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